3歳児の砂と水で遊ぶプロジェクトの後編です。
水不足に悩む砂漠の国に病院が誕生したところで前回は終わっていました。それでは後半戦、いってみましょう!
#4
第4回では再び水待ちの大行列が起こります。
中央に貯水池を作ろうとする子が現れましたがうまくいきません。遊びは8月に行っていますので、水を使いたくなる気持ちもわかります。当然ですが気温や季節も遊びに影響を与えます。
協力して水を貯めるための工事が開始されました。第一回から「大工さん」だった子が中心となって工事が行われています。
砂場と関係ない周囲の遊具の工事も始りました。遊びが変化していくのがわかります。砂場で水と砂とスコップやバケツで遊ぶという当たり前の遊び方から逸脱し、少しずつイメージの世界、ファンタジーの世界へ入っていきます。遊びがゾーンに入っている証拠です。
そのうち、「お仕事お疲れ様。休憩してくださいね!」とコーヒー屋さんからの差し入れが。前回、患者さんだった子はすっかり元気になってお仕事に復帰したようですね。
この子は病人になって看病されるという遊びを半年間繰り返していましたが、前回の遊び以降、ほとんど保育中にそのような遊びは見られなくなりました。同じ遊びを繰り返すということには意味があります。前回は泥だらけになってみんなに心配されて治療を受けたという体験によって、この子の中の何かが変わったのでしょう。みんなの愛を感じて満足したのだと思います。
みんなの頑張りによって、ついに砂漠にオアシスが誕生しました。工事を指揮した「大工さん」も満足そうです。
「お魚が釣れます!」
「かめさんもいます!」
「わかめも採れるよ!」
大興奮です。実際に魚や亀に見立てた何かがあるわけではありません。完全に想像の中だけで会話が成り立っているのです。イメージを共有して遊ぶという高度なやりとりがここで行われています。3歳児から4歳児になる過程という感じで、すごく可愛いですね。
テンションは最高潮に達し、オアシスにダイブ!
泳ぎ出す子どもたち。きっと水不足の砂漠の国に無限に湧くオアシスができたら、こんな感じで泳ぎ出すのかもしれませんね。
ストーリーとしてはここで終わっていれば素敵だったんですが、あと1回あるんですよねぇ。この後どうなると思います?
はい、ここで一旦画面をスクロールするのをやめて、ちょっと想像してみてください。
ドラマの最終回の前に予想して楽しむ人いますよね。そんな感じです。せっかくだから想像力を働かせて楽しんでみましょう。
予想できましたか?
それでは最終回、どうぞ!
#5
ラストはオアシスを完成させて一致団結した子どもたちがほとんど砂を触らずに「会話だけ」で遊ぶ展開になりました。
砂漠のオアシスを守るボスが登場です(その正体はコーヒー屋さん)。
「悪い奴がいる。捕まえろ!」
「悪い奴はどこにいますか?!」
「ロケット怪獣!」
「ロケット怪獣はドロボウに飲み込まれました!」
「ドロボウはパトカーの中です!」
「お化けがいます!」
「お化けは悪い奴に運ばれて行きました!」
「大変です。救急車もパトカーも飛んで行きました!」
「全部宇宙に飛んでいった!」
「みんな、宇宙の平和を守るんだ!」
「了解!」
・・・とりあえず訳がわかりませんが、子どもたちの中では会話が成立しているようです。とっても楽しそう。ずっと喋っています。テンポが良いです。
最終的にどうなったかというと、園長の私が「悪い奴」だったそうです。
逃げても逃げても追いかけられて、最終的にピストルで撃たれました。
砂漠のオアシスを守るため、また宇宙の平和を守るため、子どもたちは一致団結して悪と戦い続けるのでした。
めでたしめでたし。
いかがでしたでしょうか。予想は当たっていましたか?当たっているわけがないですよね。子どもの発想力には驚かされます。
もしかしたら保護者の方より保育士さんのほうが驚かれるかもしれません。砂場で遊んでいたはずが、最終的に宇宙の平和を守ってるわけですから。これが遊びの展開の面白さです。こういった自由な発想で、しかも集団で遊べる環境を作れるかどうかが、保育士の腕の見せどころなわけです。
遊びがまとまるきっかけになったのは、患者さんに貴重な水を分けてあげて、みんなで協力して病院を見つけて患者さんを運ぶストーリーでしたね。
その結果、水が足りなくなるというイメージが子どもたちの中になんとなくフワッと存在していて後日続きの遊びを行う時に無意識に大量の水を欲して工事遊びになる。その結果がオアシス作りになるわけです。それまで表舞台に出てこなかった「大工さん」が中心となるのも面白いと思いました。
実は、ボスである「コーヒー屋さん」は夫で、妻は「患者さん」です。夫婦なんですよね。ずっと二人で店を守っていました。妻の命を救ってくれた仲間に対し、工事の休憩時間にコーヒーをご馳走し、みんなのリーダーになる(ボスだけど)。なかなか熱い展開です。
悪者が園長になったのは「仲間の中から悪者を作らない。みんな仲間である」という想いがあったからです。つまり、クラスの子はみんな仲間で、誰1人として仲間はずれにはしたくないんですね。ここに気付いてましたか?無意識の行動ですが、素敵だと思いませんか?
何気ない行動や言葉にも意味がある。そうやって子どもを観察してみましょう。きっと、新しい発見があるはずです。