先生による一斉指導での教科学習は小学校以降で行います。幼児期に必要なのは「保育者が何を教えるか」ではなく「遊びの中で多くのことを子どもたちが学び、小学校にスムーズに適応できる力を育てること」です。今回のプロジェクト保育の様子と解説を読んでいただければ、なんとなくイメージがつかめると思いますが、保育とは環境保育です。子どもを取り巻く環境すべてが子どもを育てます。空間も時間もお友達も先生もすべてが学びの環境です。つまり保育者は環境設定のスペシャリストであるべきなのです。
遊びが深まるためには20分ぐらい時間が必要です。遊びの初期は目新しいものや周囲の人気などに左右されて遊びますが、本当にやりたいことを始めるのが20分過ぎてからのことが多いのです。遊びのゾーンに入るとも言います。遊びを深めるためにはたっぷり1時間以上は時間を確保したいところです。遊びが深くなると無意識が強くなるので自己コントロールが悪くなります。その結果、自己中心的行動やルール破りが増えるのでお友達同士のトラブルや怪我が増える傾向にあります。安全に遊ぶことは保育園での前提条件ですので、保育者がその場に必要です。
遊びが深まると自己コントロールが悪くなり、本当の自分が出てきます。例えば叱られるとか外的な要因で自分をコントロールしている子は自分の頭と心でコントロールすることが苦手になる傾向にあります。遊びが深まると遊びに夢中になって外的な要因を意識しなくなるためです。だからこそ、遊びが深まっているときに自分自身で「こうしたい」「ルールを守りたい」と自分をコントロールする体験が必要です。本当の意味での自制心がそこで身に着くのです。
子どもについ「こうすれば良いんだよ」とか答えを教えてしまうことはありませんか。上の部分を丸くきれいに切るにはどうしたら良いのかを30分かけて工夫して自分の力だけで切ることができました。工夫して最後までやり抜いて成功した体験こそ、子どもにとっての自信となるものです。
褒めれば自信がつくというのはある意味嘘です。あまり知られていませんが自分で自分を褒めることのほうが重要だと言われています。誰かに褒めてもらうことだけを経験すると、他人の意見や評価を価値基準にして生きる子になってしまいます。つまり承認欲求の強い子に育ちます。
そのため、ちょっぴり難しいことにチャレンジして自分の力で解決することで子どもに自信をつけてもらうようにしましょう。もちろん褒めることも必要ですが、それだけではだめだということです。そのためには大人が助けずに我慢して見守ることも大切な愛情です。どうしても子どもだけではできないときには大人が助けることも行いましょう。見守るという便利な言葉による放置になってはいけません。必ず見ておくこと。幼児期には大人の存在が必要です。
「失敗から学ぶ」という視点も大切です。実は子どもの世界では遊んでいるだけなので厳密にいえば「失敗」ではありません。大人がそういう価値観で見ているだけです。成功したときに学ぶのは傲慢さぐらいで、失敗は多くのことを私たちに教えてくれます。たまたま成功することはあっても、失敗には必ず理由が存在するからです。遊びの中でおおいに小さな失敗を経験させ、自分で工夫して乗り越えていく体験をしてもらうという意識を持ちましょう。
自分でやったことの責任を自分で取る。これも大切な教育の要素です。今回で言えば水を使ったら拭き取る。汚れたら掃除をする。ただ大人が注意をするだけでは自分がやってしまったことの重大さが子どもには伝わりません。しかし、自分で責任を取る、つまり自分が明確に不利益になることにつながると理解できれば人はその行動をしなくなります。シンプルな行動原則です。例えば「片付けなさい」と子どもに言いながらいつも結局大人が片付けてしまう。よくある間違いです。これでは片付けの習慣が身に付きません。子どもには何を伝えるかではなく、何を体験させるか、です。これが教育的効果を生むのです。
実験には無駄がつきものです。ゴミが増える。用途不明なものが増える。その結果、新しい発見が生まれる。実験には豊富な資源が必要です。科学では常識の発想ですが、遊びも同じです。科学者も子どもも実験から何かを発見する。全く同じです。子どもにも実験の時間と素材を豊富に用意したいものです。未来の科学者が生まれるかもしれません。
今回の活動ではペーパータオル、廃材、絵の具を大量に消費しました。マーカーペンも色水作りでダメにする子がたくさん出ました。水も無駄にしたと考えることもできるでしょう。
無駄使いはいけないと教えることも大切ですが、無駄使いをした結果、子どもが成長したのであれば、それは無駄使いと言えるのでしょうか。私は「教育的効果を生む投資」であると思います。塾にお金をかけることと変わりはありません。
子どもが同じ遊びを繰り返すのには理由があります。繰り返すことによって「それが偶然ではない、ある程度再現性がある確かなものである」と確信するまでの反復体験なのです。とくに実験的な遊びでは、偶然からの発見、予測、仮説、試行、修正の繰り返しにより深い学びになっていきます。子どもが同じことを何度も夢中になって行っているときは、満足するまでやらせたほうが良いのです。もちろん時間や順番などルールや制限の中で保証してください。やりたいことをいつでもどこでもやらせることが良いことにはなりません。
ジュース作りの伝染力はすごいものがありました。人の真似は良くないという考えは概ね正しいのですが、正確に言えば「人の真似しかできない子」が良くないのであって、真似をすること自体は悪いことではありません。真似もできるし、自分でも考えていける子に育てましょう。真似とは視覚情報から運動や作業を再現できる高度なスキルです。真似ができる子は伸びます。