運動会で「挑戦」することに喜びを感じた5歳児たち。ここから年長クラス単独でのプロジェクトがスタートします。シリーズの後半で全く予想もしない展開が待ち受けています。子どもたちの感動の物語をご覧ください。
♯1

残り半年を最高の思い出に
運動会も終わり、卒園まで半年。残りの保育園生活で何をしたいかを子どもたちに聞いていきます。

保育園で旅行に行きたい
アイデアはどんどん出てくる。だけど、どれもこれも現実的ではないものばかり。最終的には遊園地や動物園に遠足に行って「オーロラを見たい」と言うのです。このメンバーで旅行に行きたいと熱弁する子どもたち。そのメンバーには担任と園長も入っています。
春に行った水族館の遠足が印象深いのかもしれません。人と距離を置かれたコロナ世代。保育園で誰かと一緒にいる喜びを知り、繋がりを求めている。
盛り上がってホワイトボードまでみんな来てしまいました。

実力行使
どうしても行きたいと園長の私に詰め寄っています。
旅行は無理だなぁ。だけど、できるだけ子どもたちの想いに応えていきたい。
とりあえず、保育園の中でできることで検討し、まずは昨年度の5歳児と同様に「お化け屋敷」を作ることになりました。

花は枯れ、季節は秋に向かっていく
お化け屋敷作りの前に園庭の朝顔の種を回収しに行きます。この種は今の4歳児に渡す大切な種。この種を来年植えてもらい、また綺麗な花を咲かせる。歴代の5歳児クラスの子どもたちが繋いでいくバトンです。

絵を描くのは得意な子どもたち
部屋に戻ってきて、お化け屋敷のイメージを各自が紙に描いてみます。イメージを膨らませる。
時期的にハロウィンの前なので、ハロウィンのイメージと重なっています。

1人遊びではなく誰かを求めていく
描き終わった子たちがお化けごっこを始めました。つまり、追いかけっこですね。1人が始めると、それが伝染していき、大きなムーブメントになる。
部屋中を使った追いかけっこになっていきます。

外界と切り離された世界
しかし、集団の盛り上がりには一切反応しない中央の女の子2人。2人の世界で生きている。
今回の物語はこの2人、特に左の子を中心に進んでいくことになります。このクラスでは3年に渡ってプロジェクト保育を解説してきましたが、一度も主役になったことがない子です。物事にはタイミングというものがあります。子どもの成長も同じで、「ここ!」というタイミングがある。このタイミングが、この子を成長させる舞台なのです。
集団に入らない子が、この後どのように変化していくのか。注意深く見ていくことにしましょう。
♯2

担任と過ごす穏やかな日々
お化け屋敷作り初日。
担任にくっついて準備を待つ子どもたち。
今回のプロジェクトは春のこどもの日プロジェクトのように園長が進めています。担任の保育士がメインでやる場合より、私がやると自由度が高くなる傾向にあります。私の前だと子どものコントロールが外れやすいので、主体性が発揮されるからです。その分、何が起こるかわからない。どうなるかは私にもこの時点では全く予想できていません。

子どもの遊びの力で完成へ向かう
園にあるダンボールを部屋中に出し、あとは各自が必要なものを用意してほしいと言い出すのを待ちます。
今回のプロジェクトでは、今まで以上に保育士側が「何もしない」のを目指しています。今までであればイメージの共有を狙って、お化け屋敷の写真をたくさん用意してみんなで眺めるとか、定期的な話し合いの時間を用意していくとか、環境へのアプローチをそれなりにやってきました。
しかし、今回、これまで以上にできるだけ保育士が入らない。振り返りの話し合いもしない。純粋に遊びだけでお化け屋敷の完成までいけるのかを見てみたいなと思いました。
いつも同じことをしていてもつまらない。いつも何かに挑戦したいのです。

良い顔と良いリアクション
作りたいのではなく遊びたい子がほとんど。みんなでこういうものを作ろうというイメや目的の共有がないので当然です。脱線しまくる。
箱に入って脅かすとか、全く進みません。

ニコイチ
お化け屋敷作りに向かう子達もいます。
2人の世界で同じようなお化けのキャラクターを描いていますね。他者を寄せ付けない雰囲気です。2人だけで盛り上がっている。
お化け屋敷を作りあげることに興味はなく、2人で同じことをすることに興味と意欲がある。だから、この2人にとってはこれがベストです。ここから広がっていき、みんなで作りたいという気持ちになって行動していくのが一番良い展開。
それを待ちます。

花子さん(?)
同じようにバラバラにお化けを作っていく。
この2人はトイレの花子さんを作っているそうです。それぞれが興味があることをしています。

遊びとは強制するものじゃない
ダンボールをつなげてコースを作ってもガムテープを転がす遊びが始まり、まとまりません。まとまらなくても保育士から指摘や注意はありません。だから、やりたい放題です。
子どもというのは大人の影響力が大きいことがわかります。大人からの圧力とかサポート、導きがなければ、子どもというのはこういうものです。
関係ないことをしている子を大人が叱ってしまうと、子どもはちゃんとやるかもしれませんが、自分が本当にやりたいことではないし、やらされている感になる。それでは意味がない。
何かが起こるのを、じっと待ちます。

ちゃんとやりたい
「今遊ぶ時間じゃないよ」とみんなに向かって言ってみます。
必ず、そう言ってくれる子が現れる。保育士が変えるのではなく、子ども同士で関わり合って育ち合う。それが今の保育です。
客観視できる力と、人にそれを伝える力がある子です。

正しいだけじゃダメですか
言っても効果がない。
誰も話を聞いてくれない。
自分が正しいのに、正しくない人たちが楽しそうにしている。
なんだか自分が馬鹿みたいに思えてくる。

他者への興味がない
他の人が何を作っているのかに興味はなく、近くで遊んでいる人がいても反応しない。自分がやりたいことだけしている。そういう子ばかり。
子どもたちの心はバラバラです。
鼓笛やパラバルーンではあんなに輝いていたのに。今回はそうはならない。不思議ですね。
実はそれには理由があります。

物理的に輝いている写真を見つけました
このクラスの子どもたちは担任もしくは園長と一緒にいると輝くのです。子どもたちの中では担任と園長を入れた14人で1セットのイメージになっています。
だから担任や園長が前に出ると、相乗効果で輝く。
子どもを自由にさせると、それぞれがやりたいことをやり、バラバラになってしまう。
今回のプロジェクトでは、最終的に「大人の介入なく子どもたちがまとまっていく」のを私の中での裏テーマというか目標にしています。

鼓笛の続きになっている物語
片付けが終わりそうになると走り出す。鼓笛の時と同じです。というか、私がいるから鼓笛の雰囲気が出てくるんですね。
過去の体験が今の子どもを作っていく。子どものそばにいる大人の影響は自分たちが思っている以上に大きいのです。
♯3

遅れて行ったからこそ起こる事件
第3回。用事があってちょっと遅れて部屋に行くと、担任と子どもたちがテラスに出て何やら騒いでいました。
「虫がいたんだよ」と教えてくれます。

虫がつなぐ絆
虫が苦手な担任の保育士を追いかけ回す子どもたち。虫を持って追いかけっこです。
「きゃああああ」
「あはははは」
大盛り上がり。そして、子どもたちが一致団結して雰囲気がとても良い。やはり担任と一緒だと輝く。間違いない。

テラスからの風景
1人の子がテンションが上がって虫を思わず園庭に投げてしまいました。担任を助けたいという気持ちもあったのでしょう。
「虫がかわいそう!」と裸足で非常階段を降りて探しにく子どもたち。

見たくない人もいると思うので画像を加工しました
「見つけたよ」と虫を見せてくれます。
この子が今回のシリーズの中心になる子ですね。良い笑顔です。

自分で気持ちを切り替える儀式にもなっています
裸足で外に出てしまったので、ウエットティッシュで足裏を拭きます。
今回、テラスから非常階段を通って園庭まで行ってしまっているわけですが、こういうのもどこまで許すかは難しい判断ですね。5歳児クラスだから許しているというのもあります。これが3歳児クラスだったら転ぶかもしれないし、階段移動もさせないかもしれないです。
この開放感と一致団結した雰囲気を止めずに、お化け屋敷作りをスタートさせた方が良いだろうというこちらの読みもありました。

虫追いかけっこからボール作りへ
「こーんなに大きいボールを作ろうよ!」とボール作りが始まりました。
動いて遊んだ後は静かな遊びになる。何かを作ることに夢中になるだろうという予測はしていましたが、ボールを作り出すとは思っていませんでした。お化けに関係ないですし。
だけど、まとまりはある。女の子たちがみんなで作っています。今までみたいに2人の世界ではなくなっています。虫の力、すごいです。

ボールを作るという共通の遊び
男の子も女の子もガムテープを丸めてボールを作っています。
虫を園庭に投げてしまったというエピソードが、投げる遊びとして共通のイメージになり、投げるものを作る方向に変化してしまったんです。お化け屋敷はもう関係なくなってしまいました。
だけどみんなで同じ興味関心を持って遊んでいるというのはとても良い。こうやってその時その時に興味がある遊びをしながら、ちょっとずつお化け屋敷になっていけば良いんです。遊びですから、大人が強制するものじゃない。

正しさと楽しさは違う
その様子を1人、離れた位置から見つめる子。前回もみんなにちゃんとやるように言ったのに無視されていた子です。
正しいだけでは何も変えられない。
客観視できる人は孤独になる。

集中力は良い面と悪い面があります
もう1人、1人で黙々とお化け屋敷作りに向かう男の子。良く言えば周囲を気にせずに没頭できる集中力があるので、周囲の影響に左右されません。だけどそれは悪く言えば、孤立してしまう可能性があるということ。

1たす1は2を超えていけるのか
ちゃんとやっている子に声をかける。この部屋の中でお化け屋敷作りをしているのは僕たち2人だけ。
1人じゃない。僕たちは間違っていない。
この2人がみんなの目を覚ますことができるのが一番良いのですが、なかなかうまくはいきません。

ミイラ取りがミイラになる
だけど誘惑に負けてしまう。5歳児ですから。転がして遊ぶのを注意していたのに、いつの間にか自分がガムテープを転がして遊んでしまっています。
実際に自分も遊んでみることで、面白さを体験しているんです。つまり、他の子の気持ちを知ることになる。お化け屋敷を作るという目的を忘れてはいないけど、誰かの「違う楽しいことをやりたい」という気持ちを理解することができました。
だから、「注意する側の子」が「注意される側の子」の行動を体験するのはとても良いことです。大切なのは、これを知った上でどうするのか。
お化け屋敷に向かうのか、目先の楽しさを取るのか。1人で作るのか、みんなに注意するのか、少しずつ仲間を増やすのか。この子の成長も今後の楽しみの一つです。

一つになる
みんなバラバラに作っていたボールを一つに合体させていきます。お化け屋敷と関係ないけど、心が一つになる瞬間が生まれました。
みんなで作り上げる喜びを知れば、お化け屋敷作りもみんなで作りたいという方向へ変化して行くかもしれません。目の前の行動をどう評価するかは本当に難しいですね。

自然と生まれる一体感
みんなで一つのボールを作ったことが嬉しかったからでしょう。みんなで同じことをしたくなってくる。
整列してヨーイドンをしようとしています。

楽しいが一番です
そして走り出す。
お化け屋敷がやりたいわけじゃない。その瞬間瞬間を全力で遊ぶ。それが繋がって行ってお化け屋敷になれば良いし、ならなくても良い。
作ることが目的ではなく、子どもたちだけでまとまっていくことが目的なのですから。






