5歳児による運動会プロジェクト。鼓笛とパラバルーンの練習だけでなく、園で行う様々な体験が子どもたちを成長させていく。第二回ではリハーサルまでの様子をまとめてみました。子どもたちの変化を感じてください。

 

 

背中で教える

ソロパートを多くしたということは教えるのが難しくなるということです。集団なのに個別で教える時間が増えることになるわけですから、保育士の力量が問われてくる。全員同時に同じことをさせた方が教える方は楽ですからね。

 

子どもたちにとって難易度が高いということは、教える側にとっても難易度が高いということですから、私にとってもこれは「挑戦」なんです。子どもに挑戦してほしいと思っている大人側が楽をしていては説得力がありません。

 

大人の生き様を見せるというか、背中で語るというか、そういうのが大事ですね。子どもはよく見てますからね、大人の人間性みたいなものを。私の本気は子どもを本気にさせるはずです。

 

子どもを本気にさせたい時は私が本気になる。子どもに安心して欲しいときは私自身がリラックスして力を抜く。全部そんなものです。自分という存在の全てが子どもに影響を与えています。

 

子どもを変えるのではなく、大人が変われば子どもが変わるのです。

 

 

自分と他人を同時に意識する練習

構成のポイントその3。前後移動を複雑にしています。中太鼓はリズムの中心なので常に前ですが、他のパートは自分がソロではない時は下がる。そして自分のソロの出番の一つ前のタイミングで前に出る。

 

他の子が目立つ時は自分は目立たないように下がる。常に誰にスポットライトが当たっているかを意識し、自分と他者の役割と空間の位置を同時に認識して適切に自分が動く。

 

これは最後まで苦しみました。全然上手くできない。基本的に他者に興味がない子ども達なので、ここが一番弱いところだったんです。楽器選びでそれが分かったので、弱点を乗り越えるための仕掛けをこうやって組み込みました。

 

言葉で子どもを変えるのではなく、体験で変えていく。

 

 

ジャンプして片足を上げる可愛いポーズを披露するおじさん

構成のポイントその4。それぞれに「かわいいポーズ」を入れる。恥ずかしいことをあえてすることで、誰かに見られているという意識を強め、緊張を逆に高める。そしてそれを乗り越える。その瞬間、みんなが自分に注目するわけですから緊張するはず。そしてその体験を通して、他者から自分がどう見られているかという視点を持てるようになるはずです。

 

もちろん「かわいいポーズ」は、子どもたちのかわいいところを保護者の方に見てもらいたい、というのもあります。

 

 

ダブルバルーンという挑戦

鼓笛と同じくパラバルーンで組み入れた挑戦は「ダブルバルーン」です。一つのパラバルーンで演技していき、終盤に2つ目のバルーンが急に現れて最後に2つのバルーンを膨らませる。今まで当園でやったことのない大技をあえて取り込みました。

 

これがまた難しい。全然成功しないんです。

 

だからこそ、子どもが挑戦しようとする。ちょうど良い難易度のものに人は意欲を引き出される。自分たちで知恵を出し合い、何度も、何度も試していく。

 

パラバルーンでは集団の挑戦、鼓笛では個人の挑戦。2つの挑戦で、子どもたちがぐんぐん育っていきます。

 

 

集中力を鍛える

少しずつ前後の動きもできるようになってきました。だけど、移動に注意を向けると叩くリズムを忘れる子もいます。移動が成功してほっとして、次の動きを忘れる子も出てくる。

 

常にソロと移動があるということは集中力を持続させることが必要になります。これも狙っていました。すぐ疲れたという現代の子どもたちに、3分間集中し続けるという体験をさせたいんです。

 

あまりに集中するから、毎回「お腹すいた!」という声が出るようになりました。効果は抜群です。

 

 

1人足りないぞゲーム

毎回恒例の、縦に並ぶ終わりの挨拶。人数確認をするときに前の子の後ろに隠れて私が人数を数えることを邪魔するという遊びが習慣化してきました。

 

練習中はちゃんとやっているので、この子達なりのメリハリなんでしょう。メリハリがつくというのが大事です。どんな時もちゃんと「やらない」のはもちろんダメだけど、どんな時もちゃんと「やる」子もダメです。それでは疲れてしまう。

 

ちゃんとできる能力があるけど、抜くところは抜く。これがメリハリです。

 

 

リハーサル前の控え室

本番まで3週間を切りました。最初のリハーサルです。ここで初めて他のクラスに自分たちの演技を見てもらうことになります。

 

担任を中心に気持ちを一つにしていく。ドキドキが伝わってきますね。

 

 

人前でやると上手くいかない

本番同様、まずは鼓笛からリハーサルがスタートします。

 

前年度のブログでも触れましたが、最初のリハーサルは失敗した方が良い。ずっとうまくやれていると向上心と緊張感がなくなって練習に飽きてくる。

 

動きもリズムも間違えまくっていつもより上手くいきませんでした。この「上手くいかなかった」気持ちを持って明日の練習に向かいます。だからもっと上手くなりたいという意欲が引き出される。

 

保育士が子どものやる気を出させるのではなく、体験することでやる気が出るようにするんです。コツは「ちょっとできないところがある」という状態のまま進むこと。「全くできない」のではやる気そのものがなくなってしまうので「ちょっとできない」のを常に作るのが大事です。

 

 

他クラスへの興味関心の芽生え

5歳児クラスとして他のクラスの演技を間近で見てみる。いつもは自分たちの練習で精一杯だけど、他のクラスも運動会に向けて頑張っているんだということを体験で理解することになります。頭では分かっていても実際に目の前で見てみると他のクラスのことへの意識が前よりも出てくる。そうすると他クラスのことを気にするようになります。

 

 

見られているという体験

パラバルーンも披露します。

 

誰かに見られているという意識は、自分自身を強く意識することに繋がる。

 

 

みんなでよさこい

リハーサルの後は、みんなで4歳児のよさこいを踊ってみます。

 

4歳児クラスでよさこいを踊るのは運動会で数年続いている園の伝統になってきています。今の5歳児クラスは昨年度に踊っています。

 

みんなで踊ってみることで、学年を超えた仲間意識も育つし、何より他クラスの発表そのものに意識が向く。

 

 

まるでダンスフロアみたい

終わったらやっぱりみんなで走る。走る。

 

DJのように私が曲をかけ、それに合わせてみんなでぐるぐる回ります。曲はそれぞれのクラスの演技の曲。

 

緊張と解放。そのために走る。5歳児のやり方が思わぬところで他クラスに浸透していくのです。

 

 

練習中に保育室の中央で大の字で寝る園長

4歳児のよさこい。担任がしばらくお休みすることになり、園長の私が担当を引き継ぐことになりました。

 

これがまた、まるで練習をちゃんとしない。ロッカーの後ろに隠れたり、走り回ったり、とにかくちゃんとやらない。いわゆる、ふざけの状態ですね。5歳児の真面目に遊んでいる状態とは意味が違う。コントロールができていない。

 

「園長先生、もっと男の子たちを叱ってよ!」という女の子たち。叱らないとできないというのは自己コントロールが身についていない証拠。これは良くない。叱れば練習できることはわかっているけど、それでは私がやる意味がない。

 

 

うーん。叱らずにやりたいなぁ。とりあえず、寝てみよう。

 

保育室の真ん中で大の字になって寝っ転がる。その上に次々に乗ってくる子どもたち。

 

うーん。重い。

 

 

これで今日の練習時間は終了。

 

なかなか面白い。このまま叱らずにどうなるかやってみよう。

 

 

年長としての風格

それから2、3日が経ちました。徐々に練習するようにはなっていたけど、外から見たら全然やっていないように見えるんでしょう。5歳児の子どもたちが「話がある!」と4歳児が練習している部屋に意気揚々と乗り込んできました。

 

「ちゃんと園長先生の話を聞いて!」

「毎日、見にくるからね!」

「ふざけすぎ!」

 

保育士は何も促していません。子どもたちから自発的に出た行動です。他者に興味がなく、他人事で済ましていた子どもたちが、自分のクラスと関係のないところまで本気になって怒る。これはすごい変化です。年長としての威厳も出てきました。

 

七夕吹き流しの時には、走り回る4歳児を注意することもできないどころか、関わらないようにしていた5歳児たち。いつの間にか、こんなところまで上がってきた。

 

でも、この子達の「最高到達点」はまだ先です。

 

 

育ち合う保育園

それからはちゃんとやるようになった4歳児クラス。大人が叱るとか注意とか、そういうのはいらないんです。

 

子ども同士で育ち合う。これが私が目指している保育園です。

 

その瞬間瞬間にちゃんとできていなくても、子どもたちが自分でやりたいと思える日が来るのを待つのも大事です。子どもたちは本番を適当にしたいとは思っていない。ちゃんと向き合う日は必ず来ます。私は4歳児を信じているから焦ったりはしていませんでした。

 

 

よーいどん!

練習終わりに走る5歳児。「よーい、どん!」で一斉に走るというパターンになることが増えてきました。ぐるぐる走るのではなく、ルールの中で走る。5歳児らしい展開です。

 

 

走り回ることへの意欲

同じく練習終わりに走る4歳児。秩序ある5歳児の走りとは違ってこちらは秩序がなく、ぐるぐる走り回っています。

 

まだ個人の楽しさが勝っているということですね。5歳児はみんなで一斉に走りたい。だけど4歳児は個人個人が走りたい。発達の差が出ています。

 

 

ひらめき

よさこいの演技が終わって退場曲が流れると、カメラ席の前をぐるっと回って入退場門へ走って退場する。それが当日の発表の基本の流れです。

 

4歳児の退場の練習をしているときに、私はひらめきました。

 

あ、これだ。

 

 

私も楽しそうな顔してますね

とにかく走り回るのを止めずに、なんなら先頭の私を追い抜いても構わない。私も負けないように本気で走ってみる。大人と子どもの本気を会場で見せてみよう。

 

さらに、子どもたちが一番好きだというよさこいの中で出てくる動きをサビの部分で踊る。バラバラに楽しんでいた気持ちが、ここで共通の踊りをすることで一体感が生まれ、それで発表を締める。

 

実質2曲みたいな発表になるけど、これでやってみたい。

 

これをひらめいてからは、毎回走って踊って遊びながら終わるように毎日を繰り返します。つまり、私は何も教えていません。サビで踊るのも特に決めてない。ただやりたいようにやっているだけ。だけど一体感がある。とにかくみんな楽しそうだというのは感じる。

 

叱らなくても教えなくても、大人が盛り上げなくてもこれができる。保育って素晴らしい。

 

 

天丼マンは鼓笛のシンボル

練習だけが子どもたちを形作るわけではありません。日々の遊びの中でも運動会に向けて気持ちが作られていきます。

 

天丼マンのカードを私に見せてくる5歳児。鼓笛では入場と退場で「天丼マンの歌」を叩きながら行進しています。「てん、てん、どんどん、てん、どんどん」ってやつですね。これは去年の5歳児が作り出したリズムです。

 

子どもたちが作る運動会。想いは引き継がれていく。園庭の朝顔のように。

 

 

練習時間だけで完成させる

今回の鼓笛でもう一つやってみたかったことがあります。個別レッスンをしない、ということです。

 

昨年度まではどうしても上手くできない子を呼んで個別レッスンをしていました。今年は個別レッスンをしないで難しい演奏が身につくのか。私の挑戦でもあるのですが「できる・できない」ではない世界を保育士や保護者の皆さんに見せたいという想いがありました。

 

演奏の上手さだけではなく、真剣な表情、乗り越えようとする意志、仲間と共に成功させたいと願う心、そういったものが滲み出る発表にしたい。そう考えていたのです。

 

そうは言ってもある程度のレベルまで行かないと発表として成立しないので、全体の質は意識します。その中でも、指揮者の指示で動くことも多いので指揮者がうまくいくかどうかが鍵となるというのがあります。ですから、担任が指揮者に、私が楽器隊を担当して進める回を作るなど、個別のレッスンをしなくてもできるような工夫をしていきます。

 

 

私は君たちを信じている

練習終わりの挨拶で、縦に並ぶ子どもたち。私から見える景色はこうです。素晴らしいでしょう?

 

まっすぐこちらを見つめる視線を余すことなく受け止める。全ての子どもたちのサインを全身で感じる。そういった気持ちで毎回練習に臨んでいます。

 

 

ついに成功、ダブルバルーン

初めてダブルバルーンが成功した瞬間。担任の目に涙が。私も動画を撮りながら泣きそうになってしまいました。

 

子どもを褒めるのではなく、大人の感動を素直に伝える。こっちの方が絶対に良い。褒めるなんて上から目線のことはしたくない。ダブルバルーンを完成させた君たちの方が私たち大人よりすごいんだから。

 

どうやったら成功するか、保育士が教えるのではなく子どもたちが意見を出し合い、試し、何度も挑戦して、成功することができました。自分たちでたどり着いた成功。これが自信になる。

 

挑戦すると、こういう感動があるんだ。それを体験します。そうすれば、挑戦したい子に育つ。

 

 

子どもたち同士も抱き合っている

成功を喜び合う担任と子どもたち。そこには大人と子どもの境もないし、指導する側される側の区別もない。ただただ、成功を喜び合う13人がそこにいるだけ。

 

保育士である前に、大人である前に、子どもたちを尊敬する1人の人間になる。

 

子どもは、それができる大人を尊敬し、好きになるのです。

 

 

集団の中で輝く指揮者を目指す

鼓笛の構成のポイントその5。指揮者。今回ソロパートを多く入れている楽器隊と違い、指揮者にはソロの技を入れていません。この子の場合、1人でできるようになった技を見せるより、集団の中で輝くほうが良いだろうという判断です。

 

指揮者の笛の合図で一人ずつ回れ右をする連続技を入れる。音楽に合わせてタイミングを図り、一人ひとりの姿と笛の音を連動させて笛で11回指示を出し、最後にみんなの列に自分が入って12番目の笛を鳴らす。

 

一番最後に入園してきたこの子が、自分を受け入れてくれた11人全員を確かめるように笛を鳴らして列に入り、12人のクラスが完成する。

 

中盤の山場です。

 

 

衣装を着てのリハーサル

2回目のリハーサル。衣装を着て行うのは初めてであり最後です。次に衣装を着るのは当日になる。

 

衣装を着ることで、それぞれが当日のイメージを持つようになります。緊張だけでなく高揚感も感じますね。

 

 

緊張に打ち勝つ体験

「汗でびしょびしょになった」と教えてくれました。トリオという太鼓が3つの楽器は、この子1人だけ。一番人気の楽器を勝ち取ったプレッシャーと、そもそも同じリズムを刻む子がいないというプレッシャー。様々な想いがこの子にのしかかる。

 

構成のポイント6。トリオ。基本的にこの子からスタートする箇所が多いのですが、ソロの一箇所だけ「一番最後」にしてあります。常にみんなをリードする力は持っているけど、みんなを尊重し、後ろに回れる配慮や能力を身につけてもらいたい。

 

今日は衣装を着て、他のクラスの子や保育士に見られている中での発表です。いつもより緊張するはず。それを乗り越えたことが、当日へのモチベーションになる。

 

 

みんなでやるから鼓笛より緊張しないみたいです

パラバルーンもみんなに見てもらう。ダブルバルーンも成功することが多くなり、自信が付いてきています。

 

何回やっても成功する。それがスキルの獲得です。反復することの大切さがわかります。

 

 

見に来て、ちょんまげー

保護者向けのYouTube動画の素材のため、運動会直前の掛け声を撮ります。

 

「見に来て、ちょんまげー!」

 

何気なく4歳児と私の中で笑い合っていた「ちょんまげ」というフレーズを取り入れてみました。とにかく、楽しまないと。せっかくの運動会。私はみんなで楽しみたい。

 

リハーサルが終わり、当日まで残り数日です。