子どもは子どもの世界で育つ。本当の意味での仲間とは何なのか。保育園での生活は子どもたちにとって何なのか。答えはここにあります。お化け屋敷プロジェクト2025。最終回です。
♯12

花子さん、アゲイン
第12回。前日の大喧嘩で全て壊れてしまったお化け屋敷。もうすぐお客さんが来る。それまでに、何とかしなくていけない。
時間がないからこそ、一致団結し、テキパキと用意をしていく。

誰のものでもないという選択
カプセルトイのボール。誰のものというわけでもなく、みんなで考え、修正していく。女の子たちが作っていたものですが、最終的にどうするか男の子たちと一緒にアイデアを出して決めていきます。

あるものは全て使う
ダンボールが壊れて壁が足りなくなっている。
「これ使っていい?」と赤いマットを取り出す。
工夫する。試行錯誤する。
ピンチの時ほど人は必死に考えるんです。

良いアイデアは広がっていく
ガムテープで蜘蛛の巣を表現。1人が始めると、みんな良いアイデアは吸収し、真似していく。壁が足りないので、ガムテープの蜘蛛の巣を活用してコースを作っていきます。
ずっとお化け屋敷作りに向き合ってきたリーダーだからこそ、みんなが一目置き、真似するのです。

少しずつできていくコース
ダンボールの少なさは赤いマットとガムテープの蜘蛛の巣でカバーする。
どんどん作る。
どんどん繋げる。
時間がないからこそ集中している子どもたち。脱線して関係ない遊びをする人はいません。

希望の光
電気を設置する。1人ずつライトを持つ。
どこに設置するかも考え、全体のバランスを見て相談しながら決めていく。
自分勝手な振る舞いは、もうここにはありません。

準備そのものが楽しい
完成を喜ぶ5歳児たち。
いろんなものは壊れてしまったけど、そんなことは関係ない。今準備しているこの時間が宝物です。みんなで心を一つにして完成に向けて頑張った。そしていよいよ本番の時間が来た。
それが嬉しい。ここまで、このメンバーで来れたこと。それが嬉しいんです。

ワクワクしてますね
お化け役スタンバイ。
お化け役と案内役。それぞれやりたいものをやってもらいます。人数的にはちょうど半分ずつくらいになりました。

ついにスタートするお化け屋敷
案内役の合図でお化け屋敷がスタート。
3歳児クラスと4歳児クラス、そして保育士たちを招待しています。
ルールについて統一する時間はなかったし、ちゃんとしたリハーサルもしていない。だけど、これでいい。

ボールの抽選
カプセルトイのボールによる抽選のお土産。
入り口で抽選会を行い、中に入っているものをお土産としてもらえるようです。これが大成功。3歳児たちは大喜びです。
これをきっかけに大喧嘩したなんて、この様子からは誰も思いつかないでしょう。

溢れる想い
「見て!」「お化けだ!」
はしゃぐ3歳児たち。
今年のお化け屋敷は見栄えも良くないし統一感もない。だけど、楽しい。楽しいんです。子どもの世界では、この部屋は紛れもなくお化け屋敷。
5歳児の想いがきっと伝わってる。仲直りした仲間と一緒に作ったという喜びが、この部屋の中に溢れてる。

喜びは身体中で表現する
続いて4歳児。4歳児は嬉しいと走り出す。楽しさを体で表現しています。運動会の時のように。
走ったら壊れるんじゃないかとか、転ぶんじゃないか。そう思う必要もない。子どもたちはわかってる。5歳児が作ったものを壊す気なんてない。大切に思ってる。そういうものです。

ルールとは何か
いつの間にか3歳児がお化け役をやっていました。自由に楽しんでいいんです。ルールがないこと。それがルール。それぞれが自分なりに楽しんで良いというのがルールなのかもしれません。
大人の常識では測れない世界がここにあります。

全部直した
全部壊れて、全部直して、これ以上はない。ないんです。
大人が手助けしたり導けば、もっとお化け屋敷っぽいものにはなるでしょう。だけど、これは5歳児が大化けする物語。形なんてどうでも良いんです。
大切なのは、ここに至るまでに経験した過程です。経験に勝る宝物はないんです。

ありがとうって言いたい
「ありがとうございました!」
お客さんを招待したはずの5歳児が、参加者の3歳児と4歳児に感謝を述べる。ありがとうを言いたかった。きっと、言いたくなったんですね。
僕たちと一緒に楽しんでくれてありがとうって。

食べるなら今日がベストタイミングでしょう
サイコロの旅の時に駄菓子屋で買ったお菓子。これをみんなで食べる。打ち上げパーティーのようなものです。
全部繋がってるんです。これまでの日々がこの子達を変えていった。私たち保育士も想いも、保護者の方の願いも全部繋がって、今日があるんだなと思います。

みんなが笑ってる
最後はやっぱり走りたくなる。全員の心が一つになる。
喜びを身体中で表現したいんです。溢れて溢れて止められない。
みんなが笑ってるのが嬉しい。

手を繋ぎ走る
「手を繋いで走ろうよ!」と誰かが言うと「そうだね!」とみんなが手を繋いで走り出しました。
本当の意味で仲良くなった。もう担任や私がいなくても、君たちは輝いている。
ありがとう。私からもその言葉を言いたくなりました。
〜エピローグ〜

溢れる涙
あれから一ヶ月。私が保育室に行くと「卒園したくない」と何人かが泣いていました。引っ越してしまう子を抱きしめ、泣いている子の涙を拭う子どもたち。
小松菜事件での「泣いたら負け」という我慢
サイコロでの赤ちゃんになって「泣き真似」をしたリハーサル
そしてついにお化け屋敷の経験を通して「本当の涙を見せ合う」真の仲間になったのです。

ありがとうの花が咲くよ
生活発表会で披露するのは「ありがとうの花」に決まりました。
お化け屋敷に参加してくれた後輩たちにありがとうを言ったとか、みんなで手を繋いだとか、歌詞を見てもこの子達のこれまでにピッタリかもしれません。
先生に、お家の人に、仲間に、これまでの全てに「ありがとう」を言って彼らは卒園していくのです。
以上、お化け屋敷プロジェクト2025でした!
この子達にとって集大成のような物語になったと思います。この保育園で出会い、喧嘩をして仲直りをして、みんなで笑い合う。卒園や引っ越しの不安に押しつぶされそうになりながら、残りの日々をどう過ごすのか。どうせ別れてしまうのに仲良くなる意味はあるのか。その葛藤に打ち勝ち、未来に向かって歩き出す。
子どもたちの中には様々な想いがあり、いろんな形でそれを表現してきます。喧嘩だったり、わがままだったり、真似だったり、赤ちゃん返りだったり、スキンシップだったり。言葉が未熟な幼児は、大人よりも行動で表現してくるわけです。
行動そのものが良いか悪いかで大人が判断すると、子どものサインを見逃すことになってしまいます。
喧嘩はいけないことじゃないし、わがままや赤ちゃん返りもその子にとって必要なことかもしれない。大切なのは、しっかりと大人が子どもから心を離さないこと。その子が何のサインを出しているのかを全身全霊で受け止めようとする大人の姿勢が子どもの安心感につながり、挑戦して乗り越えていくのです。
否定するのは簡単です。肯定するのも簡単。どっちなんだろうという状態のまま、子どもを信じ、信じすぎずに見極める。そして、大人が時には止めたり導くことも必要な時があります。子どもの主体性とか自主性という言葉に騙され、子どもに全責任を負わせてはいけない。大人の作った環境の中で子どもが健やかに育つからです。白か黒かという極端な世界から、どんな色でも良いという世界で大人が生きていることが大事なのです。
花はどんな色で咲いたとしても美しい。大人が子どもの色を決めなくて良いのではないでしょうか。
もうすぐ卒園。
だけど、この子達はもう大丈夫。
大好きな担任と仲間がいたという毎日が宝物として心の中に存在しているから、この先どんな困難も乗り越えていける。私はそう思っています。
読んでいただき、ありがとうございました。
保育園では、今日もありがとうの花が咲いています。






