お化け屋敷作りのはずが、関係のない遊びばかり行う5歳児たち。今回のシリーズではプロジェクトだけでなく、その間に子どもたちが体験していたことも併せて紹介していこうと思います。お化け屋敷以外の体験が、子どもたちに大きな影響を与えていくことがわかるはずです。

芋掘りは不発
季節は秋。焼き芋をするため、春から育てていたさつまいもを収穫します。
しかし、今年の猛暑のせいなのか、ほとんどのさつまいもは食べられる状態にはなっていませんでした。
「リベンジしたい!」と誰が言い出し、何か別の野菜を卒園までに育てていくことになりました。子どもの意欲から出た挑戦の環境を保育士が用意していくのが保育です。

私だけがみんなと違う
次の週。市内の保育園の5歳児が全員集まり、就学先の小学校別に別れてレクリエーションを行う合同交流会。
ほとんどの子どもが同じ小学校に行く中、1人違う小学校に行く子。寂しくて、辛くて担任に抱きついています。それを見つめる後ろの子も別の小学校に行くことになるのでクラスの中で2人だけがみんなと別れることが確定しています。
私たちだけが、みんなと別れる。
その事実を、小学校別に分かれる交流会でわかりやすく体験することになりました。
うっすらと感じていた「別れ」。
これを機に現実のものとして認識するようになっていきます。

いちにの、さーん!
絆を確かめるように、自然とブルーシートで運動会で行ったパラバルーンの技を行う。
パラバルーンの曲は「最高到達点」。最高到達点を迎えたということは、もう落ちていくだけ。ピークが去った自分たちがこれからどう過ごしていけば良いのか。
運動会が終わり、発表会もまだ始まらない。子どもたちはエネルギーをぶつける場所を探しているのかも知れません。
♯4

仕切り直しに成功
第4回。インフルエンザの流行で人数が揃わず、第3回から半月空いてしまいました。芋掘りと交流会はその間の出来事です。
前回から時間が空いたことでボールを投げる遊びがブームではなくなり、お化け屋敷作りを自然と始めています。

壁が初めて作られていく
自分が作りたいものを作るのではなく、コースとなる壁を作り出す子が出てきました。交流会を通して卒園と別れを意識し、絆が深まったのでしょう。他の子に意識が向くようになってきました。

みんながついてきた喜び
1人だけ客観視できていた右の男の子。もうみんなに指摘することもなく、お化け屋敷作りに集中することができています。こういう功績を認められ、右の男の子はみんなから「リーダー」と呼ばれるようになっていきます。

不安を相手に依存することで解消しようとする
だけど2人だけはみんなと交わらない。別れを意識すると不安が増すので、一番安心する相手と結びつこうとするんです。仕方がないのです。
安心を感じれば、世界が広がっていくはず。

攻撃的な遊びは楽しい
他の女の子たちはダンボールに穴をあけて、そこを目にするという遊びをし始めました。穴を開けたところから中を覗くという遊び。穴を開けるために色鉛筆をダンボールに刺す。普段はやらないような攻撃的な遊びです。
いけないことは楽しい。こういう遊びは盛り上がります。

他者に心が開かれていく
盛り上がることで大声になり、周囲の子がこの遊びに気付くようになる。
遅れて参加する2人。こうやってきっかけがあれば他の子の遊びに入ることができるので、完全に2人の世界というのは徐々に崩れてきています。

自分勝手な遊び
壁の中でリラックスする子たち。お化け屋敷を作ったり関係のない遊びをしたり。こうやって一進一退を繰り返しながら進んでいきます。
遊ぶメンバーもコロコロ変わります。同じ子と遊ぶというより、好き勝手に遊んでいてたまにくっつくという感じです。つまり、5歳児で目指すべき協同的な遊びにはなっていない。並行遊びと自分勝手な連合遊びの間くらいのレベルです。
担任がいなければこれくらいがこの子達の実力。それがよくわかりました。ここからぐんぐん成長していくことを期待しています。

不安を行動で解消する
2人になった途端、ダンボールに殴り描きをし始める2人。無言で作業に没頭する。
不安を解消するように、何度も何度も色鉛筆を動かしていく。
私にはこの後に訪れる「別れを考えない」ようにしているように見えます。
卒園という別れをどう自分の中で消化していくか。それが今回の子どもたちのテーマになってきています。

終わる時に走るのが習慣化されてしまっている
時間が来て片付けになりました。しかし片付けが終わってなくても遊び出す子どもたち。保育士が叱るとか促すことがなければ、こうなるのも仕方がない。
片付けることより、みんなで走って盛り上がる方が楽しい。そちらが優先されてしまっています。

気にする子もいるけど、手伝うことはない
2人だけは遊ばずに片付けを進める。
2人だけで協力して声を掛け合って片付けていく。

小さな世界
そして担任に片付けが完了したことを報告し、抱きしめ合う。
2人の世界に担任が溶け込み、3人の世界にする。心が溶け合う。こういう体験が、2人の世界を崩していくのです。
♯5

お宝発見
第5回。前回忘れていた、虫事件の後にみんなで作ったボールを発見しました。
半月経っているので、ボールを見てもそちらに引っ張られることはありませんでした。子どもの興味が変化しているからです。

子どもはなぜやりたがるのか
今みんなが興味があるのは直近であったことになる。今回のブームは前回2人がやっていた殴り描き。意味はない。だけど遅れてみんなもやり出す。
誰かがやっていたことをやりたがる。模倣。それは無意識に影響されているという側面もありますが、子どもにとっては何よりも「やってみることで新しく何かを学ぶ」という側面が大きい。
大人と違って経験が少ない子どもは、なんでもやりたがります。大人だと「これは面白くないな」とか「大変だからやめておこう」とか、過去の体験から想像して判断することができますが、子どもはそれができない。だからなんでも「やってみたい」になる。

文字の学びにもなる
お化け屋敷のコースに「芋虫みたいに歩いてください」の張り紙。
それぞれが持つお化け屋敷のイメージに沿って、様々なルールが作られていく。
それぞれが自分勝手なルールを加えていきます。交わることはありません。並列です。

なぜ自分が作るだけで満足するのか
芋虫のように歩く遊びが始まりました。それぞれが作りだすルールは、すべてが採用されるわけではありません。みんなルールを作ることに満足して、実際に採用されるかどうかはあまり興味がない。
逆に考えれば、周囲に流され自分でやりたいことをしてこなかった今年の5歳児たちが、今は自分のやりたいことに向き合っているとも言える。自分勝手ですが、これは成長です。
全てはどう解釈をしていくか、どう評価をしていくかなんです。

削るのがブームになることもある
殴り描きをしすぎて描けなくなった色鉛筆を鉛筆削りで削っていく。
今度は削ることに夢中になっています。
やはり余計なことを考えないようにしているのかもしれません。作業に没頭する子ども達。

悲しみのぶつける場所
前回はみんな関係ない遊びをすることはあったけどお化け屋敷作りをすることもあった。だけど今回はずっと関係ないことをしている。ちゃんとやっている自分がバカみたい。
これまで作っていたものを全て壊していく。
壊して丸めたガムテープを私に投げる。私の体に当たって落ちるゴミになったガムテープ。
私を睨みつけながら無言でガムテープを拾うとゴミ箱に捨てにいきました。
気持ちをぶつける場所がなく、私にぶつけたのです。彼にとってはぶつけることが目的だから、私も特に反応はしません。叱ることもしない。いけないことだとわかっているからです。
私ができることは悲しそうに微笑むを向けるだけ。叱る必要なんてない。悲しみを誰かにわかって欲しかっただけなのですから。

首が切れる花子さん
自分が作ったものも、誰かが作ったものも大切にしない。だから、どんどん壊れていく。
でも、誰もそれを気にする人はいない。作った人でさえ。

全員での片付け
停滞していると思われた回ですが、最後の片付けは全員で協力して行なっていました。これだけで、前回からの成長を感じます。
良いところを見つけていくのが保育士には必要です。成長なんてちょっとずつしかしないんだから、多くを求めてはいけません。

オーロラを描く
数日後。卒園までにやりたいことの一つ、「オーロラを見る」ですが、見にいくのは難しいので自分たちで描いてしまいました。
みんなが描いたオーロラを私が茶色の絵の具で汚してしまったのですが、それをみんなで修正しています。

担任の保育士の服にはみんなの手形が
自分自身、友達、そして担任まで絵の具まみれにして笑い合う。最高の時間。
こんな楽しい日々がずっと続けば良いのに・・・。

お誕生月なかま
焼き芋をして、最後はキャンプファイヤーをする。年長クラスの特別な行事です。
朝から夜まで、みんなで特別な時間を過ごしました。

レーザー光線コーナー
また数日後。園長の環境設定でゲームコーナー遊びを行いました。これは赤いスズランテープに当たらないように進むコーナーです。赤外線の探知機に当たらないように進むアトラクションですね。
遊びは全て子どもが決めるのが良いわけではなく、たまにはこちらの設定した環境の中で遊ぶのも良い経験になります。自分たちにない価値観に触れ、刺激を受けることができる。

アンパンマン号コーナー
子どもたちで遊んでいても、その中に担任を入れたくなる。
保育士のことを大好きという気持ちが、いつだって溢れてくる。
それがこのクラスの子達にとって最大の「共通認識」。
♯6

みんなで作る時間に
第6回。焼き芋やキャンプファイヤーでさらに絆が深まり、お化け屋敷作りでもみんなで作業する時間が増えてきました。
壁が必要という認識も繰り返すごとに定着してきています。細かい装飾を作っていた子達が、全体を見始めているということですから、視野が広がっています。

袋お化けの誕生
袋を切って、目だけ出す。ダンボールに穴を空けて目を描く遊びからの発展です。しかも、1人ではできず、協力して作っています。
他者に興味が広がり、自然と繋がっていくようになってきました。

エゴイズム
ガムテープの糸を使った「蜘蛛の糸」。
蜘蛛の糸といえば芥川龍之介の小説を思い出します。自己中心的な心が、救いを失わせる話でした。このお化け屋敷でみんなの自己中心性が協同性へと変化していって欲しい。そんなことをこの時に私は考えていました。

ボールに命が吹き込まれる
ボールに顔を描き始めました。ただの思いつき。だけどやってみたい。どうすれば怖い顔が描けるのか。1人では思いつかないこともみんなとなら・・・。

相乗効果
みんなのところへボールを持って行き、数人でアイデアを出しながら顔を描いていく。誰かのアイデアを誰かのアイデアで輝かせる。
少しずつ、だけど明らかに変化している。

怖くするという共通目標
どうすれば怖くなるのか。お化け屋敷というイメージはちゃんとあった上で、やりたいことをしていきます。
もう一つのボールにも顔を描いていく。

脱線こそ本質
だけど相変わらず脱線もします。ホワイトボードに関係ない落書きを始めました。よくない遊びも伝染してしまう。
3歩進んで2歩下がる。そんな亀のようなゆっくりとした歩みだとしても、確実に、みんなの心が繋がっていくのを感じる。

スペシャルな関係
片付けの時間になると「お外でご飯食べたい!」の大合唱。
焼き芋の時の5歳児だけの時間が忘れられない。
だってもうすぐ卒園してみんなバラバラになってしまう。
「今」という時間を無駄にしたくない。少しでもこのメンバーで過ごしていきたい。そんなことを思っているんだと思います。

言葉を鵜呑みにしないのが大事
強風注意報が出ていることを天気予報アプリを見せて説明する。子どものやりたいことを全部受け入れるのは違う。
みんなと過ごしたいのは私たちも同じ。だけど、主体性とわがままは違う。自由とわがままも違う。
その「みんなでお外で食べたい」という想いをお化け屋敷作りでぶつけてほしい。大人は言葉通りの意味で受け取りがちです。そこが間違いなんです。この子たちは外で給食を食べたいわけじゃない。特別な時間をみんなで過ごしたいというのが本質です。
それは外で食べなくても叶う。自分たちが特別な関係であると感じる時間を保育士が与えるのではなく、自分たちで作っていって欲しい。
このお化け屋敷作りは、君たちが本当の意味で友達になるための場なのだから。






