5歳児の運動会で発表する鼓笛を解説する第二回です。前回は、子どもだけの力で困難に立ち向かい、改善しつつもリハーサルで大失敗して落ち込むところまでを見てもらいました。ここからどうやって乗り越えていくのかをお見せしていきたいと思います。

 

それでは鼓笛練習編の後半スタートです!

 

 

給食は楽しく食べます

不安と緊張で食事が喉を通らない子や不安定になる子が出てきました。子どもだけの解決は限界と判断し、ここからは大人のサポートを増やしていきます。

 

リハーサルの後からは、基本的に幼児の給食の時間に行ける日は全て私も参加し、笑わせたり見守ったり、会話をしたりしながら、子どもの不安を和らげていきます。

 

実は乳児クラスの給食も私が監修しているので午前中は全クラスの活動を監修、鼓笛の練習、乳児の食事、幼児の食事という順に保育室を巡回し、全園児の成長が保証できるように立ち回ります。この時期、食具の使い方を改善中の2歳児や、離乳食の0歳児などは特に力を入れて保育士と共に進めていました。乳児クラスの対応が長引くと幼児クラスに行けないこともありましたが、全クラスの把握をおろそかにしないことを意識していたので、バランスがとても難しかったです。

 

 

私は君たちの想いに応えたい

子どもたちから夕方に「鼓笛の練習をしたい」と提案がありました。園長としてめちゃめちゃ忙しかったけど、できるだけ毎日やるようにしました。

 

夕方の練習はそれぞれのお迎えが来るまで。5歳児全員強制ではなく、その日にやりたい子だけ。内容は真面目に練習しても良いし、ふざけても良い(!)

 

普通の保育士や音楽の専門家が聞いたら否定しそうなやり方ですね。

 

でも写真を見てください。あんなに不安そうだったのに、めちゃめちゃ笑ってる。そして毎日やりたいと私に言ってくる。できないことにショックを受けてうなだれていたり、食事ができなくなってたのに、楽しそうに太鼓を叩いている。

 

つまり、このやり方が正しいと子どもたちが教えてくれる。

 

それはなぜか?

 

令和5年12月22日に閣議決定した、こども家庭庁の「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月ビジョン)」の中で「こどもは安心と挑戦のサイクルで育つ」と示されています。いわば、これが現時点での最新の国の子どもの育ちについての見解です。

 

安心と挑戦のサイクル。

 

安心がないと挑戦できないし、安心しすぎても挑戦しようと思わない。

 

うまくいかないことと本番が近づいてきたことで安心感がなくなってきた子どもたち。給食の時間を共に過ごしたり、夕方の練習という形の遊びを保証して一緒に笑い合うことで「安心」を保証しているんです。「安心」とは、身近な大人との愛着や関わりのことですね。保育園においては保育士との関わりです。

 

「安心」すれば難しいことにも「挑戦」できる。うまくできていない太鼓に向き合うことができるようになる。

 

 

 

楽しいだけではできないのが指揮者

うまくできないのはトリオだけではありません。指揮者の子。これがまた全然覚えられない。そもそも体調不良などでの休みも多く、練習時間も足りていない。

 

たまたま土曜日保育もあったので、マンツーマンで1時間特訓もしました。その中で見えてきた、この子にとって学びやすい練習方法。

 

練習方法を大人が押し付けるのではなく、その子にとって一番学びになりやすいやり方で教える。それがコツです。個別最適化された学習と文部科学省は言っていますが、それです。

 

意識して体を動かすのが苦手なタイプで、特に考えながらやると混ざってわからなくなる。複数を意識させるとさらにできなくなる。なるほど。

 

一つずつ確実に、反復して体に覚えさせる。これだ。

 

というわけで、一つずつマスターしていくように練習します。例えば移動のタイミングだけ完璧にする。次に足の動かし方を意識させる。それができたら指揮棒の持ち方、左手の位置、そんな感じで一つずつマスターすれば、ちゃんとできるようになる。

 

ほぼ毎日、私と向き合う日々。少しずつ、できるようになっていく。

 

 

こういうアイデアが出るのが面白いですね

練習が必要ない子も、夕方の練習には率先して参加してきます。もはや練習ではないけど、それでいい。楽しい毎日。笑い合う仲間たち。

 

最初は安心感を大人が与えるやり方をしましたが、少しずつ「仲間に安心感を持てる」ようにスライドしていってます。そうです。大人の関わりを減らして、子どもだけの力で乗り越えるようにする。いつまでも大人が甘えさせすぎてもダメで、子どもの対話を増やして仲間意識を育てていく。

 

中太鼓、大太鼓、シンバルの男の子たちが毎日笑わせてくれる。

 

 

「楽しい」は全てを変えていく

大きい音が苦手だった子も「練習楽しい!」と言ってくれるようになりました。もうみんな優しく叩かなくても大丈夫。太鼓の音は嫌な音じゃなくて、楽しい音。体験が苦手を超えてくる。仲間との思い出が、苦手意識を克服させていく。

 

「苦手だから配慮してほしい」「苦手なものは配慮しよう」

 

そういう風潮が保育園でも学校でも最近多いのですが、社会に出たらみんなが配慮してくれるとは限らない。そして、小さい時から苦手だと思って育ったら、本当に苦手になってしまいます。幼児期では苦手なものを「楽しい!」で良い思い出に塗り替えてしまうのが良いと思うんですが、どうでしょうか?

 

 

リズム隊の演奏

本番まで残り10日くらい。楽器ごとに分かれての練習。指揮者と曲に合わせて、大太鼓中太鼓シンバルのリズム隊だけが演奏します。

 

なかなか良い感じに仕上がってきました。ソロパート以外は問題なくできるようになっています。

 

 

メロディ隊の演奏

続いて、小太鼓とトリオのメロディ隊の演奏。不安が強かった子たちの方です。ノリノリで踊りながら雰囲気を和らげて応援するリズム隊の仲間たち。夕方の練習の雰囲気に近い感じです。

 

夕方の練習の雰囲気とちゃんとした練習の雰囲気が融合し、安心と挑戦が融合したような一番良いコンディションが生まれました。

 

リズム隊もこれで大丈夫。やはりソロパート以外はできるようになっています。

 

 

明日に向かって走れ!

ついにソロパート以外はできるようになって、手応えを感じてきた5歳児たち。練習終わりはみんなで走って一体感が生まれます。

 

よーいドン!をしているのは後方にいる私です。子どもと保育士の気持ちが一つになった時、どっちが主体とか主導とかでなく、同じレベルで進んでいくんです。保護者の方には意味がわかんないかもしれないけど、保育士ならこの凄さがある程度伝わるんじゃないかと思います。子どもも保育士も主体的。これが最高の保育を作り出す。

 

 

生まれ変わった自分たちを自分で感じてもらう

リハーサル2回目。本番1週間前です。初めて衣装を着て演奏してみます。

 

指揮者の帽子が指揮棒に当たってズレてしまうことが判明。後で落ちにくいように帽子に細工を施します。

 

前回のリハーサルと今回のリハーサルの演奏のレベルの違いに驚く、他クラスの保育士たち。その感動をそのまま子どもたちに伝えてもらいます。大切なのは言葉ではなく、感動をそのまま子どもに届けること。それが、子どもたちの自信になる。

 

比較というのが一番わかりやすい評価です。前回のリハーサルと今回のリハーサルで、明らかに上手になっている。自分たちでもわかる。練習に効果があったことが実感できる。目的のために努力をすることが大切だということが体験として理解できる。

 

これで、努力ができる子に育っていきます。前回のリハーサルで大失敗しているからこそ、今日の上達ぶりが自分でわかり、これだけの効果を生んでいます。

 

 

その笑顔には勝てないな

「たーいーこ!たーいーこ!」

夕方に私の姿を見かけると太鼓コールが起こります。

 

もう夕方練習の必要はないけど、その気持ちに応えたい。そうやって本番までの毎日が過ぎていく。

 

努力をしたら上手になったという体験が、もっと努力をしたいという想いにつながっているんです。

 

 

指揮者を中心にまとまっているのがわかります

衣装を着る最後の練習。本番3日前。

 

私はアンプの後ろで見守るだけ。最初から最後まで子どもたちだけで本番を想定して通しで行います。

 

もう発表できるレベルには到達しました。ソロパートも大体できるようになった。あとはそれぞれの技のレベルを上げるだけ。

 

鼓笛では必ずソロパートを入れるようにしています。自分だけが演奏する時間を作ることで、物語の主人公になることができる。会場中のすべての人間が自分に注目する。そこで演奏することができれば、みんなで踊ったり演奏するより個人としての達成感が生まれます。

 

仲間と一緒に演奏する一体感と協力、そして自分1人で乗り越える体験。両方セットで体験できる構成にしているんです。

 

 

胴上げのような意味合いがある遊び

2日前。鼓笛の練習前はパラバルーンの練習でしたが、この日初めてうまくいった手応えを感じた様子でした。鼓笛の練習時間になっているけど興奮が収まらず、全員が走り回ります。

 

指揮者の子をみんなで持ち上げて運ぶのをきっかけに、それぞれを運ぶ遊びへ。

 

 

1人では乗り越えることはできなかった

数人で運ぶ遊びになったり、2人組でおんぶや抱っこで運んだり、抱き合ったり。個人ではなく集団で喜びを表現し、分かち合う。

 

こんな素晴らしい時間に鼓笛の練習なんてしてる場合じゃない。笑顔で見守ります。

 

そのうち、満足したのか「太鼓やろー!」と準備へ向かっていきました。軽く通しを行うだけでこの日の練習は終了。それで良い。まだ全部成功してないけど、鼓笛よりパラバルーンの喜びを分かち合う方が何倍も価値がある。

 

 

子どもの力はすごい

最後の練習が終わったけど大太鼓のソロパートは一度も成功していない。2人が背中合わせになって回りながら叩くという大技。女の子の方はできているけど、男の子の方がどうしてもできない。理由を聞くと「ぶつかりそうで怖い」ということでした。

 

このまま当日を迎えて良いのか迷います。やはり少し気になって、ちょっとだけ個人練習してみようかなと声をかけました。

 

すると指揮者の子が2人の肩を抱きしめて、自分を中心に何度も回転してみせました。

「こうやって回るんだよ」

コツを掴んだのか、大太鼓2人だけで回ってみると成功。

「すごいじゃん!」

自分のことのように喜ぶ指揮者。

 

私が何度教えてもできなかったのに、子どもたちだけで乗り越えてしまった。最高です。こういう展開が一番良い!

 

 

最後の夕方練習は仲間と共に

本番2日前。最後の夕方練習。指揮者と最後の調整を行っていたら、小太鼓大太鼓の2人が練習に付き合ってくれました。

 

今年の鼓笛は指揮者の隊形移動をマーチング並みに増やしてあります。それだけ難易度が上がっています。指揮者のプレッシャーも相当でしょう。

 

笑顔で練習に付き合ってくれる仲間に支えられて最後の通し練習へ。

 

 

こんな表情を見せるようになったのね

初めて、全て間違えずに堂々と行うことができました。最初は何度やっても全然できなかったのに・・・。

 

感動のあまり、思わず「できたじゃん!やったな!」と笑顔で強く抱きしめてしまいました。感動のあまり私も声が震える。

 

「僕、できたよ。うまくなった!」

 

自らを信じると書いて「自信」。これまでの日々が彼を強くしたのです。

 

 

指揮者の堂々としたポージングに注目!

そして前日の最終リハーサル。3歳児と4歳児たちを観客に見立てて発表を行います。

 

間違いなく今までで一番良い発表ができました。「前日が一番良い」というのが最高の気持ちの持って行き方だと思います。保育士というか指導者が焦って早い段階で完成度を上げてしまうと子どもたちは退屈になって飽きてしまいパフォーマンスが下がる。

 

こういうギリギリの勝負がやっぱり私は面白い。不安も興奮も子どもたちと共に味わう。同じレベルで焦って、頑張って、感動する。私にはこういうやり方が合っている。

 

 

感動は誰かと分かち合いたい

最後の発表が終わって、3歳児4歳児と保育士に感想をもらって5歳児が退場する時間。一度退場したのに立ち止まり、走って私のところに駆け寄る大太鼓の女の子。

 

「園長先生!○○くん、成功したよ!すごいね!」

 

その感動を私と分かち合いたかったんだね。わかるよ。私も同じことを思っていた。大太鼓のソロがみんなの前で初めて成功した。そして、自分の成功ではなく友達の成功を一番に喜べる君が素晴らしいと私は思う。良い子に育ったね。

 

 

12人のかけがえのない仲間たち

これまでの日々が、この子達の絆を強くして、協力して、努力して、ここまで駆け上がってきた。幼児でこんなに青春みたいなことが起こるなんて不思議ですよね。

 

明日の本番にワクワクしているのが写真からも伝わります。

 

そうです。いよいよ明日が運動会本番です!