オープニングの曲と共に幕が開き、ポーズを決めた魔法使いチームが登場。

主役から出てくる構成にするのが一般的な劇かもしれません。そうではなく、主人公たちを導く立場の魔法使いたちが、先に演技を披露するようにしました。堂々とした演技を見せた魔法使いが、この後、迷子のドロシーたちを導いて行くのです。

 

魔法使いチーム

緑がオズ、大魔法使い。これまでも魔法のようなアイデアでクラスの遊びを引っ張ってきました。いつのまにかこんなにも逞しく、優しいリーダーに育ちました。後方でみんなを見守ります。

 

白い魔女。去年の発表会では「不思議の国のアリス」で主役を演じた子が今作の主役のドロシーを導く立場になっています。オズの魔法使いの作者は、不思議の国のアリスに影響を受けてオズの魔法使いの物語を書き上げています。原作者の関係と同様、この劇は新旧の主役の交代劇でもあるのです。人見知りで控えめな子でしたが去年主役を演じたことで自信を持ち大きく成長しました。

 

黒い魔女。白い魔女に嫉妬し、ドロシーたちを邪魔する役どころです。オズにドロシーを導くように言われた白魔女に恥をかかせようと手下たちを使ってドロシーたちの邪魔をします。「ずるいわ!」のセリフが印象的。日常的に子どもたちの中に嫉妬の感情やこういう発言が出て来ることがありますが、劇中のセリフは現実世界とリンクしており、子どもが持つ課題と結びついています。黒い魔女はどういう成長を遂げるのか。後ほど語りたいと思います。

 

 

主人公チーム

迷子のドロシーと飼い犬のトト。「自分を信じる」というテーマの曲に合わせて踊ります。

 

ドロシーは迷子でおうちに帰りたい。しかし家に帰ることはほとんど不可能な状況の中で新しい「居場所」を求めている役になっています。

 

保育園は今までのこの子の居場所。しかし、あと一ヶ月で卒園する。保育園には戻れないので新しい「居場所」を見つけなければいけない。それが遠い国であるオズのいるエメラルドの街。この子達にとってはエメラルドの街は小学校なんじゃないでしょうか。これは卒園という不安の中でこの子達が小学校に行く決意をするまでの物語でもあるんです。

 

トトはドロシーの飼っている犬。演じている本人に聞いたら犬が大好きだそうです。家族みんな犬が好きらしい。好きなものになるのってきっと楽しいですよね。ドロシーは不安な時にトトに話しかけます。トトはどこにも行かない。いつもドロシーのそばにいる。いつもそばにいる仲間、家族、友達。そんな存在を体現しています。

 

 

仲間チーム

ブリキ、カカシ、ライオンが仲間になりました。

 

心のないブリキは「心(優しさ)」が欲しい。

頭が良くなりたいカカシは「知恵」が欲しい。

臆病なライオンは「勇気」が欲しい。

そしてドロシーは「居場所」が欲しい。

 

みんなそれぞれ欲しいものは違っても目的は一つです。

 

ヴィランチーム

保育園の劇の中でも、主人公チームではない敵役チームの存在は重要です。演技の指導は基本的には「笑顔」で行うように伝えていますが、敵役に関しては「怖い顔」「カッコいい顔」「強さ」を演じるように伝えています。

 

オオカミ役の子は一番の演技派です。セリフの言い方も悪役っぽく低い声で言えています。これは自分自身をわかっていて状況に応じて態度や言い方を変えることができるということ。小学校に行ったときに友達と上級生と先生で態度や言い方を変えることができる力と同じです。つまり、この子は小学校でも上手くやれるはずです。こうやって遊びの中でコミュニケーションスキルを身につけていきます。

 

ハチ役の子は敵チームの中でも衣装の可愛さが気に入っているようです。敵側の役をやりたいと思ってもらえるように私たちは工夫をしています。赤ちゃんだってアンパンマンが好きな子もいればバイキンマンが好きな子もいます。好きという気持ちには理由なんてないんです。この子は自分のセリフ以外に他の子のセリフや動きを全て覚えていました。周囲をよく観察し、視野が広く、人をサポートすることに向いている子ということです。劇の指導をすると、一人ひとりの良さがよくわかります。

 

カラス役の子は一生懸命。セリフも動きも全力で行います。一つ一つをよく考えているのがわかる。3人で行うダンスの決めポーズがあるのですが、その表情がとても私は気に入っています。クールでかっこいい役を上手に表現できていました。どんな役でも役割でも受け入れることができるのがこの子の良いところかもしれません。

 

主人公たちの目的はエメラルドの街へ行き、それぞれが欲しいものを魔法使いオズにもらうこと。敵チームの目的は黒魔女様に喜んで欲しくて主人公たちを邪魔すること。目的が違うだけ。争う理由は明確にはありません。大人の争いであれば主義主張が違うとか複雑な理由が争う理由だったりしますが、そうではありません。子どもの喧嘩やトラブルなんて、些細なことだったりする。それを表しています。

 

この争いで主人公チームは負けてしまいます。知恵も心も勇気もないなら困難を乗り越えられるはずがありません。人生がそんなにうまく行くわけがない。

 

落ち込む演技

それぞれが思う落ち込む演技をしてもらっていますが犬の子は客席に向かって手を振っています。同じような出来事を経験しても、ものすごく落ち込む人もいれば、結構平気な人もいるのが当たり前です。犬の子は敗北を気にしていない。これも強さです。落ち込んでいない子が笑顔で隣にいることでみんな心が軽くなる。

 

みんながクリスマスツリー作りをしなくても良い。自分で本当にやりたくなるような瞬間が来る。それはいつだって受け入れてくれる仲間がいればこそ。みんな落ち込まなくても良いのと同じ。みんな違ってみんな良い。

 

この子たちに「落ち込む演技をしなさい」という強い指導は必要ないんです。

 

オーバー・ザ・レインボウ(保育園を超えた向こうに)

本番では白い布があって後で青い鳥を子どもたちが動かしているところは観客席からは見えません。しかし、紛れもなく虹を超えていくのは後にいる子どもたち。先に虹の向こうへ行っているねというステージ上の仲間へのメッセージ。

 

「私たちなら大丈夫よね」というドロシーの言葉。

仲間たちは喋らずに「当たり前だ」と背中で語ります。

本当の友達って言葉はいらないんです。

 

 

私の好きなシーン

虹を越える青い鳥を見て再び冒険を再開。ついにオズのいるエメラルドの街へ到着。黒魔女率いるオオカミ、ハチ、カラスとカカシ、ブリキ、ライオンが対決します。

 

頭が良くなりたいカカシが知恵を使い、心のないブリキが仲間を守り、臆病なライオンが勇気を出して戦います。

 

倒れた3人に駆け寄る黒魔女。「私の大切な仲間たちが!」

黒魔女が倒れている仲間1人ひとりを起き上がらせます。

 

そうです。欲しかったのはオズに気に入られることじゃなかった。黒魔女は仲間が欲しかったんです。自分のために頑張る3人を見て大切なものが何だったかに気付いた瞬間です。そして「大切な仲間」と言われた3人も自分たちの居場所を確信する。これはドロシーたちが成長する物語でもあり、黒魔女たちが本当の仲間になる物語でもある。そういう構成にしてあります。

 

黒魔女の子は保育園に来る日数が少なく、みんなよりも一緒にいる時間が少なかった。でも、黒魔女のために頑張る仲間がいて、黒魔女も3人を助け、お互いに愛を伝え合う。一緒にいた時間が全てじゃない。かけがえのない時間を仲間と共に過ごしてきたという証をステージの上で表現してくれました。黒魔女は本当に良い笑顔をするようになりました。

 

 

 

かけがえのない仲間

カカシの子は行動力があるまっすぐな子です。行動力がある子は頭を使う前に体が動きます。それが良いところであり、苦手なところでもある。知恵を身につけることはこの子が成長するために一番必要なものでした。

 

ブリキの子は優しさがとてもある子です。心のないブリキを優しい子が演じる。すでに身につけているじゃないか、ということにはなりません。優しさは表に出して初めて意味がある。年齢が上がると人は恥ずかしいとかおせっかいかなとか考えて優しさを表現しなくなる。この子も例外ではありません。優しさを行動で示すという役を演じることで、元々持っていた優しさを外に表現できる子になっていくんです。弱点補強ばかり大人は考えてしまいますが、良いところを伸ばしていくのも保育(教育)の大事な要素だと思っています。

 

ライオンの子はすぐに大人の手を繋ぎたがります。発表する時もモジモジしてしまう。そんな子が1人でライオンの咆哮、セリフ、動きを演じていくことには大きな意味がありました。勇気とは未来へ一歩踏み出す力。相手の心に繋がろうとする力。生きる力そのものです。一生懸命ライオンに向き合うこの子の姿は感動を生みました。

 

 

必要ないわ

オズから何を望むのかと聞かれ、躊躇することく「必要ないわ。もう持っているもの」と答えるドロシー。ここに来るまでに欲しいものは自分で手に入れてきたことに気付きます。

 

「見事だドロシー、居場所も知恵も心も勇気も誰かにもらうものじゃない。」

「あなたたちが一緒に過ごしたこの時間が宝物なのよ」

 

このシーンでは仲間同士で褒め合い、認め合うセリフを入れました。ブリキがカカシと褒め、カカシがライオンを褒め、ライオンがブリキを褒める。認め合う。

大人が褒めるのが子どもを育てることだと思っている人もまだまだ多いと感じますが違います。本当は仲間同士で認め合い、褒め合い、励まし合い、時には指摘したり喧嘩しながら育っていくのが一番良い。

 

子どもは子どもの世界で育つ。

子どもの世界とは遊びの世界。ファンタジーの世界。

劇ごっこの世界は、まさに子どもが成長する世界なんです。

 

「私が欲しかったのは安心できる場所。だからお家に帰りたいと思ってた。でも仲間ができた。私の安心できる場所。」

 

ドロシーが見つけた新しい居場所はお家ではなく、仲間。仲間と一緒なら安心して歩き出せる。今作一番の長いセリフ。保育園より仲間に価値を見出しました。

 

担任からの最後のメッセージ

「どんなに難しいことだって、挑戦することが大事なんですね」

 

白魔女が言う、このセリフは担任から君たちへのメッセージです。どんなに困難なことがあっても、仲間と過ごしたこのかけがえのない時間を宝物にして、小学校へ行っても歩き続けてほしい。

 

遠足に行けなかった悲しみも、パラバルーンや鼓笛も、雨の焼き芋も、クスマスツリー作りも、このオズの魔法使いだって、どんなに難しいことだって諦めなかった。挑戦したから乗り越えてこれた。仲間と一緒だから乗り越えてこれた。そうですよね。

 

子どもたちへのメッセージのはずが、自分が考えたセリフのはずが、この言葉の重みや深さがそのまま担任に跳ね返ってくる。まるで子どもたちから教えてもらっているみたいに。担任にとっても挑戦の一年だった。ここまで来れたのは子ども達のおかげです。

 

 

自分で乗り越えるの!

挑戦することが大事だという白魔女のセリフ(担任のメッセージ)に対する劇中最後のセリフ。

 

「そう、自分で乗り越えるの!!」

 

劇が始まる前に深呼吸をして不安と孤独に闘っていたドロシー、しかし劇中のセリフ通り、仲間に支えられ、自分の居場所を見つけ、挑戦する心を持って最後まで演じ切ることができました。

 

フィナーレ

最後の全員ダンスが終わり、フィナーレです。

ドロシーを讃える仲間たち。1人はみんなのために、みんなは1人のために。

 

この子たちの目の前には観客としてお家の人たちがいます。自分たちの成長をお家の人に見てもらう。これもすごく大切なことです。保護者の皆さんに感動が伝わっていたらすごく嬉しいです。このブログ解説で、さらに深い理解をしてもらえるかなという願いを込めて書いています。

 

着替えタイムも無駄にしない

毎年恒例、着替えの間に一年間の動画を流す時間です。20時間以上にもなる一年間の動画を編集して8分ほどの作品に仕上げました。どの時間を切り取ってもみんな笑顔で楽しそうで編集で切るのが大変でした。もちろんそれも私がやっています。こんな素敵な仕事、誰にも渡しません。とっても大変だけど。

 

写真に写っている集合写真はカメラマンさんが撮ったものではなく、担任が撮った写真。私が一番好きな集合写真です。もちろんプロに比べて上手ではないです。でも担任にしか見せない表情を浮かべる子どもたちがそこにいます。それが良い。

 

にじいろ

他のクラスは劇やオペレッタを行なって終わりですが、年長さんだけは最後にもう一つ発表することにしています。今年はコロナ禍でできていなかった合唱を復活させました。

曲は「にじいろ」。虹色の背景は自分たちで作ったもの。6色の虹は保育園生活。6年間の思い出は、仲間と一緒に過ごしたかけがえないのない宝物。伴奏のピアノは担任。

 

ひとつひとつがあなたになる。

 

これから始まるあなたの物語。

 

保育園生活を凝縮すると「オズの魔法使い」になり、「オズの魔法使い」のテーマを凝縮すると「にじいろ」になります。

 

こうして保育園生活最後の大型行事は大成功で終わることができました。

 

残すところは卒園式、そしてお別れ会です。