第三回は前回から1週間空いていますが、前回の続きのような回です。3歳児の成長に着目して解説していきたいと思います。

 

♯3

ずっとついてくる

もう5歳児は黒ひげコーナーには来ません。最初から3歳児の男の子が独占します。しかし、遊び方がわからず色々試しているところのようです。黒ひげの人形を使ってませんからね。遊び方を試している。

 

それよりも手前の笑顔の女の子。前回のラストで片付けができずに立ち尽くし、5歳児さんに救われた子ですね。今日はずっと園長の後ろをついてきます。よっぽど前回のラストが印象深かったのでしょう。

 

3歳児の遊び方

新しいアイテム、トイレットペーパーの芯。3歳児だけで遊んでいます。微妙に大きさが違うので小さいものを大きいものの中に入れることができると気付いたようです。遊び方を自分で創り出している。そして、それをそれぞれが真似して遊んでいる。

 

ダンボール遊びが活性化するように、小さめのアイテムを追加しています。逆にお絵描きコーナーをなくしています。

 

4歳児の遊び方

4歳児の方は同じトイレットペーパーの芯でも、人に向かっていく遊び方です。メガホンのように声を出して誰かに積極的に関わっていく。

 

3歳児はトイレットペーパーの芯と自分が向き合って遊んでおり、それをみんなで共有しているので平行遊びです。しかし4歳児になると遊び方が他の誰かを意識して、人と人が繋がっていくように遊ぶ。これが学年の差ですね。

 

5歳児の遊び方

4歳児と5歳児が一緒に新しいアイテムを組み合わせて遊んでいます。ティッシュの箱とトイレットペーパーの芯を使って、ままごとのように遊んでいる。場所もテーブルの上ではなく、ちょっとした隙間(非常口として使用できるテラスに出られる出入口)を有効活用しています。

 

初回では学年に完全に別れて遊んでいましたが、3回目になるとクラスの境目を超えて遊び始めています。異年齢の遊びが始まる予感がしますね。

 

土地の開拓

こちらも今までにない場所で遊びが始まります。前回ブームになっていた場所のちょうど反対側ですね。しかもインフルエンサーをはじめ、5歳児が新しい土地を開拓したようです。

 

初回も2回目も園長と3歳児が遊んで盛り上がった場所に人が集まってきて遊びが展開されていました。しかし、3回目の今回は各自が自分たちで空間を有効活用しています。これが遊びの広がりです。

 

 

メロンにメロメロン

どうしても遊びに参加できません。メロンをずっと持っている。前回まではたくさんの絵カードを持ち歩いていました。今日はメロンだけ。メロンはたくさんの実がなるので、「裕福」「多産」などの花言葉があります。何かが生まれそうな予感を感じる。

 

 

飛行機

初回でブロックを独占されていた3歳児。今日は4歳児5歳児が自由スペースで遊んでいるのでブロックを自由に使える。だけど一人で遊ぶのはつまらない。

 

園長についていきます。

 

初回で持ち歩いていたのは車でしたね。今日は飛行機になっている。大空へ羽ばたいていく、飛び立っていく予感。

 

 

合流

そんな二人が合流し、園長と行動を共にします。

なぜ2人が他の3歳児と遊べないかというと、ちゃんと理由がある。

後でわかってきます。

 

 

目的の共有

トイレットペーパーの芯で遊んだ後は、ティッシュの箱に新聞紙を詰めるという遊びに変わりました。同じ目的を共有する3歳児。初回ではバラバラに遊んでいたし、前回も全然遊び込めていなかったのに、今回は積極的に遊びが広がっていきます。

 

ダンボールを4歳児5歳児が占領している中、同じように中に何かを入れるという遊びになっています。また、初回でダンボールに新聞紙を投げ入れる遊びをしていましたが、それがティッシュの箱に新聞紙を入れる遊びにつながっている。

 

 

ねぇさん、例のものを持ってきやしたぜ

なんということでしょう。5歳児に集めたものを渡している。命令を受けて動いていたようです。異年齢の遊びが広がると思っていましたが、こういう展開もあったとは。これは予想していませんでした。

 

こういう遊びもアリかもしれませんね。5歳児が3歳児を利用しているだけだったら、ちょっと良くないかなと思いましたが、なんだかんだ楽しくやっている。おそらく何かのごっこ遊びなんだと思います。

 

これをするには「そういうルールなのね」という理解が必要です。「5歳児さんに新聞紙を箱ティッシュに詰めて渡す」という一連の流れを理解して楽しめる必要がある。

 

園長にくっついている2人は、メロンと飛行機を手放したくない。この遊びに参加するにはルールを理解した上で両手を使わなければいけない。それはできません。

 

子どもがお気に入りの物を手放さないことがありますが、これを心理学では「安心毛布」と言います。スヌーピーのキャラでライナスという子が指しゃぶりしながら持っている毛布のことです。幼児が人や物に執着している状態であり、4歳児(3歳児クラス)の半分以上に何かしらの安心毛布があると言われています(諸説あります)。毛布、タオル、ミニカー、ぬいぐるみ、カードなど。もしくは寝る時や不安になった時にお母さんの二の腕やお腹を触るとか身体を触る場合もあります。

 

何かに執着することで安心感を得ているので、不安な状態では手放すことができない。メロンと飛行機を持ち続けることは、この子たちの安心を作り出しているんです。だから両手を使う遊びでは、みんなと遊べない。

 

この2人がメロンと飛行機を手放した時、不安を自分で克服するということになります。私はそれを期待して事の成り行きを見守ります。

 

 

命令する遊び

5歳児と4歳児の混合チーム。ダンボールの中に人を閉じ込めた状態で遊んでいます。読書しかすることを許されない。命令遊びに近い。ちょっと怖い遊び方ですね。命令する人、される人、これは役割演技の遊びです。ただのごっこ遊びではなく、それぞれの役割を理解して演じるという高度なごっこ遊びです。いじめではなく、中に入っている子も嫌ではない。楽しんでいる。

 

でも、やる方はちょっと怖いんですよ。閉じ込めたり、閉じ込められたり。だから不安がある子はこの遊びに参加できない。メロンと飛行機の子が参加できないもう一つの理由です。

 

こういう遊びは何のためにやっているのかというと「相手の気持ちを理解する」擬似体験になっています。命令する役割と命令される役割を演じることで、そういうことを現実的にやってはいけないということを遊びの中で学んでいます。「そういうことをやってはいけませんよ」と大人が指摘するより、実際に閉じ込められて嫌な気持ちになったという体験を持つ方が、「こういうことは良くない」という真の理解を得ることができる。

 

実は、正確に言えばちょっと複雑な構造になっています。閉じ込めるという意味が、「外の世界から守る」という意味合いもあるからです。守るということは相手を束縛するということですから、長所と短所がある。人と人の関係は複雑な構造になっていることを遊びの中で感じ取っているんですね。だから、ダンボールの中は怖いけど守られていて安心するという相反する感情を体験している。

 

人は体験で学びます。遊びが教育であることが良くわかる例です。

 

メロンと飛行機の接触

お互いに安心できる物を持ち寄って肩を寄せ合って遊んでいます。メロンも飛行機も自分自身。その2人が出会うという遊び。そして喜び。

 

実は園長も2人にとって「安心毛布」だったから離れられなかったんですが、少しずつ私から離れても遊べるようになってきたんです。大人に甘えるのではなく友達同士で遊ぶことで気持ちを支え合うという体験ができています。

 

これを狙って2人と一緒に私が動いていたんだということは、そろそろ皆さんも気付いていますよね。この視点がないと不安で保育士から離れられない子どもを保育士が遊んであげたり抱っこしたりして甘やかし、どんどん不安を自分で解消できない子を作っていくことになります。

 

消極的にも程がある

一方その頃、黒ひげコーナー。ティッシュの箱に何かを詰めるという遊びが全体に広がっていたため、3歳児の女の子が何でもかんでも箱に入れていくという遊びが始まりました。黒ひげコーナーの積み木も剣も全部、箱に入れてしまいます。

 

それを嫌がるわけでもなく、ただ流れに身を任せる黒ひげに夢中の男の子。何がそんなに彼を惹きつけるのか。

 

5歳児がいる時は自分から「入れて」と言えずに見るだけ。前回のラストで3歳児で遊んでいる時はみんながやりたい放題していることに我慢。そして今日も自分から解決しようとはしない。受け身の遊び方。

 

 

労働からの解放

5歳児の命令を無視し、自分たちで遊び始めました。しかも最初に5歳児が遊んでいた場所で。ちょっとした瞬間に自分たちで自由を勝ち取った瞬間です。

 

一人ではできなかった。2人だからできたことです。

 

剣は運命を切り開くためにある

自分で箱から剣を取り出し、遊び始めました。ついに周囲に流されて自分がやりたかったことをできなかった子が主体的に遊び始めたのです。

 

もう誰にも邪魔はさせない。僕は自由だ。

 

 

ハイ、チーズ!

園長から離れるきっかけは写真に入るために移動したこと。私のカメラに入る位置で遊び始めました。

 

近くには3歳児もいます。これはチャンスかもしれない。そういうアングルで何枚も写真を撮っていきます。他の3歳児と偶然接触することを願って。

 

 

出会いは必然

近くにいた3歳児がダンボールに入り、飛行機の子を脅かしてます。背後には第一回のラストで一緒に遊んだ子もいます。この子も5歳児の命令遊びからちょうど抜け出してきた。この後3人で遊びます。もう飛行機は必要ありません。

 

4歳児5歳児が独占していたダンボールを3歳児が初めて勝ち取り、支配から抜け出し、勇気を持って自分たちで動いた結果、仲間に出会い、一緒に遊び始めました。自分の力で運命を切り開いていく。

 

そして仲間と共に飛行機の子は不安の世界から飛び立っていくのです。

 

 

繋がりも連鎖する

メロンの子も同じく、3歳児たちと関わり始めました。飛行機の子が飛び立ったのを見て、自分も触発されたわけです。先ほどメロンと飛行機で一緒に遊んで心がつながった。だから自分も向き合おうとする。他人に。仲間に。

 

仲間がいるから、もう不安じゃない。

 

私にもうメロンは必要ない

片付けの時間。メロンの子は前回片付けができなかった場所に一直線に向かい、積極的に片付け始めています。

 

もうメロンは必要ない。不安は私の中に存在しない。過去は自分で乗り越える。

 

この後本当に良い笑顔を見せてくれました。写真を撮り逃してしまって悔しい限りです。仕方がないのであの笑顔は私だけの宝物にしておきましょう。

 

 

この遊びで、この子はたくさんの物を手に入れた。友達、仲間、勇気、自信。一人では乗り越えられなかった。自分の力で、友達と一緒に、たくさんの発見があった。これが主体的・対話的で深い学び、なのです。

 

メロンの花言葉は「多産」。多くのドラマが産まれ、3歳児たちが大きく成長した日でした。

 

 

第三回は以上となります。第二回がこの第三回のためにあったことがよくわかるんじゃないかと思いますが、どうでしょうか?

 

急に成長を見せる3歳児の姿は見ていてワクワクしました。しかし、ただ遊びを見ているだけでは、それぞれの行動の意味がわかりません。こういう見方をできると子どもの成長を見逃さない大人になる。そうすると、より子どもを好きになるし、信頼できる。子どもの将来が楽しみになる。子育てが、保育が楽しくなる。

 

このブログで子どもの輝きをみなさんにお伝えしているのは、もっと子どもの成長を感じて、もっと子どもを好きになってほしいという私の願いも目的の一つです。

 

例えば第二回の最後、一人片付けができなかったところで評価すると、保育士が助けなかったことを指摘する大人も出てくるんですよ。かわいそうだとか、そう思う気持ちはわかります。だけど、あれがあったから今回の第三回で1時間以上不安と闘い、最後に自分の力で過去を乗り越えることができた。こんな素敵なことはなかなか起きない。第二回、第三回では主人公のような立ち回りでしたが、それだけ輝いていたということです。

 

本当はみんな主人公なんですよ。実は1回の活動に100枚以上写真を撮っていて、ブログの構成を決めるにあたって解説する内容を厳選しています。本当はもっといろんな子の視点で書くこともできるんですが、1記事書くのに数時間かかるので残念ながらお蔵入りです。

 

次回がこの合同遊びの最終回となります。また別の3歳児の子の成長物語になっていますので、お楽しみに。